大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和41年(ワ)359号 判決 1968年2月29日

原告

松本春江

ほか二名

被告

株式会社南伯本社

ほか二名

主文

被告らは、連帯して原告らに対しそれぞれ金一九〇、六九一円宛を、それぞれ右各金員に対する昭和三九年二月一七日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を付加して支払うこと。

原告らのその余の請求を棄却する

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その二を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、各原告においてそれぞれ各被告に対し金四〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは、連帯して原告ら三名に対し各金三五七、六五八円およびこれに対する昭和三九年二月一七日以降右各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払うこと。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、事故発生

被告北村実は、昭和三九年二月一七日午前七時三〇分頃神奈川県藤沢市弥勒寺三六〇番地先丁字路を大型貨物自動車(静一せ―三二―二三)を運転進行中、狭隘な道路の右側で作業中の訴外山田国光を車体右側で跳ねて、右側後輪で轢圧し、肋骨骨盤骨折により死亡せしめた。

二、帰責事由

(一)  被告北村実は、右道路丁字路に差しかかり同所を右折しようとしたが、道路狭隘のため左方に気をとられ、右方に対する注意を怠つて漫然進行した業務上の過失により、折柄右道路右側で作業中の訴外山田国光に気が付かず、車体右側で同人を跳ねて右側後輪で轢圧し、死亡させたもので、民法第七〇九条による不法行為責任がある。

(二)  被告株式会社南伯本社(以下被告南伯本社という)は、その事業として右道路附近の宅地造成を行なつていたが、本件事故当時被告北村を使用してその運搬を行わしめていたもので、右被告の惹起した本件事故につき民法第七一五条による使用者責任がある。

(三)  被告白井泰一は、前記自動車の所有者で、右自動車を営業のために運行していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条による運行供用者責任がある。

三、損害額

訴外山田国光は、死亡当時一ケ月平均二六、〇〇〇円の収入を得ていたもので、今後三〇年間は就労可能であつたから、同人の一ケ月の生活費一三、七七〇円(日本統計年鑑昭和三九年版による一ケ月一人当り生活費)を控除した残額一二、二三〇円に対する三〇年分の純収益をホフマン式計算法によつて死亡当時の一時払額に換算すると金二、六四五、九四六円となる。右金額が同訴外人の死亡によつて喪失した得べかりし利益の損害額であるが、原告ら三名は訴外山田国光の父母を同じくする兄弟であり、他に母を異にする訴外山田琢己、同山田朝夫、同徳永マサミ、同山田勇、同村上サダコ、同山田ケイ子の六名があるので、右金額のうち原告ら三名は各六〇分の一〇の金四四〇、九九一円宛を相続により取得し、なお、自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したので、この分の各相続分八三、三三三円宛をそれぞれ控除すると、各金三五七、六五八円となる。

四、よつて、原告らは、被告らに対し連帯して右各金三五七、六五八円およびこれに対する損害の発生した昭和三九年二月一七日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告ら主張の請求の原因第一項の事実中、被告北村が原告主張の日時、場所において大型貨物自動車を運転していたことおよび訴外山田国光死亡の事実は認めるが、被告北村の所為で死亡せしめたとの事実は否認する。同第二項の事実中、(二)の被告南伯本社がその事業として事故発生地附近の宅地造成を行なつていたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。同第三項の事実中、原告らがその主張の如き訴外人六名とともに訴外山田国光の相続人であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。」と述べ、なお、つぎのように付陳した。

一、事故発生当時の状況

被告北村は当時大型貨物自動車に土を積んで徐行中、自己の車の通過した後方にうめき声がするのをきいたので、車の運転を停めて戻つてみると、被害者が道路わきの側溝に瀕死の状態でうつぶせになつているのを発見したもので、被害場所の三さ路の状況、被害者の転倒個所とその状況、被告北村の運転状況からみると、経験則上から同被告の車両が被害者に接触、轢過したとは考えられない。

二、被害者の過失

被害者は、当時宅地造成を請負つていた拓建興業株式会社より工事を下請していた有限会社浜野組の雑役夫として、工事現場附近における自動車の事故防止のため旗とバケツとスコツプを持つて配置についていたもので、被害者としては、他人の自動車事故を防止する特別の注意義務があつたのは勿論、自ら被害を蒙らないよう自動車に注意すべき立場にあつたものであるから、危険あらば被告北村に対し注意の信号をするか、退避すべきである。にもかかわらず、原告ら主張の如き狭隘な道路で被告北村の操縦する車両に跳ねられたものとすれば、事故は専ら被害者の過失に基因するものである。しからずとするも、少くとも被告北村の過失と共同原因をなすもので、賠償額につき斟酌せらるべきである。

三、被告白井は運行者ではなく、被告南伯本社は使用者でない。

被告白井は当時土の運搬を請負つていた東海建材株式会社の役員であつて因より自動車を自己の営業のために運行していたものではない。車はもと白井の所有であつたが事故前に被告北村に売渡されて北村の所有になり、被告北村はさらに右東海建材の下請として一日七、五〇〇円で自己のために右車両を運行の用に供していたものである。したがつて、被告北村は、被告南伯本社の被用者でないのは勿論のこと同被告の指揮監督に服して仕事に従事したものでもない。

四、損害額について

仮りに被告側に責任があるとしても、原告らは本件自動車事故の責任保険金として昭和四一年四月二〇日頃保険会社より金五〇万円を受領し、原告ら三名のみで取得しているから、原告らの相続分からこれを控除すべきである。加うるに、被害者のような一ケ年の収入が二〇万円ないし三九万九千円の階級の一ケ月消費支出額は平均二万六千円余であるから、被害者の毎月の二万六千円の収入では残るまでに行かず、また、年令三三才の被害者が今後三〇年間も土工として就労し得ないことは実験則である。

〔証拠関係略〕

理由

一、被告北村実が昭和三九年二月一七日午前七時三〇分頃神奈川県藤沢市弥勒寺三六〇番地先丁字路を大型貨物自動車(静一せ―三二―二三)(以下本件ダンプカーという)を運転していたことおよび右日時頃右場所において訴外山田国光が肋骨骨盤骨折で死亡したことは、当事者間に争いのないところである。

二、そこで右訴外人の死亡事故が被告北村の過失に基因するものであるかどうかについて判断する

〔証拠略〕を総合するとつぎのような事実が認められる。

被告北村は、本件ダンプカーに宅地造成の残土を積んで運搬する途中前記丁字路に差しかかつたもので、右道路は幅員三米六、七〇糎の狭隘な非舗装道路で、道路の両側には高さ二米余の生垣が植えこんであつて見通しが悪い交差点であること、同被告は、右丁字路を右折するに当りその手前で一旦停車し、左右を見たが通行する人車を発見しなかつたので、時速五、六粁の速度で進行を始めたが、右のように狭い曲り角なので出来るだけ車を左に寄せて左側のバツクミラーが対面左側の生垣にすれすれになるまで進行させた上右にハンドルを切り、ついで直進の形にハンドルをもどして二、三米進行したとき、自車の後部にゴチンという音と同時にシヨツクを感じ、続いてアーという悲鳴をきいたので、三米位走つてすぐ停車して下東し後ろに行つてみたところ、前記被害者が車の停車位置の二、三米右後方の曲り角から五、六米の個所の測溝に顔と身体半分をつつ込んでうつ伏せに倒れていたこと、同被告がすぐ被害者を抱き起してみるとまだ息があり、背中をさすると口からつばを吐いているので、すぐ救急車を呼んで市内の中村外科医院に運んだが、その時はすでに死亡していたこと、被害者は現場附近で旗ふり(土砂運搬のダンプカーの安全誘導を信号する)および道路の整備などの仕事に従事していたもので、右事故当時も赤白旗、スコツプ、バケツなどを持つていたが、まだ旗ふりの仕事に就く前で右転倒個所附近に水まきなどをした跡があり、なお、被害者の死体には左肩から背中にかけて擦過傷があり、特に左半身の皮下出血が顕著で左肋骨及び骨盤に骨折があり左肩から腰部にかけて重圧された結果死亡するにいたつたもので被害者の転倒個所附近の路面には通常人の臀部でおしたようなへこみが刻されていたこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実に徴すると、被告北村実も捜査官憲に自認しているように、同被告は、右丁字路を右折するに当り、前記認定のように見通しの悪い狭隘な交差点であるから、前方左右をよく注視し安全を確認した上進行すべき注意義務があるのにこれを怠つて漫然進行したために、曲り角のすぐ右側側溝よりに被害者がいるのに気がつかず、同人に車体右側を接触させた上右側後輪で同人を轢過したものと推認するのが相当である。

検証の結果中の被告北村実の指示説明部分および同被告本人尋問(一、二回)の結果中、右認定とくい違う趣旨の供述部分は前記甲第四ないし第六号証に対比してたやすく信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告北村実が民法第七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務があることは明らかである。

三、つぎに被告南伯本社および被告白井泰一につき、原告ら主張の如き本件事故に対する民事責任があるかどうかについて判断する。

〔証拠略〕を総合すると、本件ダンプカーは、被告白井泰一の所有名義で自動車損害賠償保障法による自動車損害賠償責任保険契約も同被告名義で締結されており、その車体には「東海興業」と表示されていたこと、被告白井は、東海建材株式会社の代表者として土木建築業、土木建築材料の販売等の事業を行なつていたが、右会社は昭和三九年一月二一日に解散決議がなされて同被告が清算人に選任せられ、同月三〇日付でその旨の登記がなされているもので、被告白井はその前項から前記「東海興業」なる名称で右と同じ事業を営んでいたこと、被告南伯本社は、現場附近の山を崩して総坪数一三、〇〇〇坪におよぶ宅地造成の事業を元請として実施していたもので、被告白井は、前記東海建材株式会社名義または東海興業の名称で被告南伯本社のもとに下請として専属的にその宅地造成事業のための土木材料の供給と残土運搬の仕事を請負つていたもので、本件ダンプカーも当時一台一時間千円の約で右被告南伯本社に雇い上げられて残土運搬の仕事に従事していたものであること、被告北村は右東海興業に月給四万円で運転手として雇われ、事故当時は被告南伯本社の職員の指示に従つて右残土運搬のため本件ダンプカーを運転していたものであることを認めることができ、被告白井泰一、同北村実各本人尋問の結果中右認定とくい違う供述部分は前記甲第五号証に対比してたやすく信用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、被告北村は、当時、その雇主である東海興業こと被告白井泰一のために本件ダンプカーを運転していたものといい得るとともに、その運転するダンプカーごと被告南伯本社の営む前記宅地造成事業に包せつせられ、その事業の執行として本件ダンプカーを運転し、被告南伯本社の指揮監督に服していたものといい得るから、被告白井は自動車損害賠償保障法第三条によりその保有する本件ダンプカーの運行によつて生じた本件死亡事故による損害を賠償する義務があるものというべく、また被告南伯本社は、被告北村がその事業の執行につき惹起した本件死亡事故につき使用者として民法第七一五条により損害賠償義務を負担するものといわなければならない。

四、すすんで訴外山田国光の死亡による損害額について検討する。

〔証拠略〕を合わせ考えると、被害者の訴外山田国光は昭和六年二月六日生れの健康な男子で事故当時被告南伯本社の下請として前記宅地造成事業に従集していた浜野組に所属する土工で日給一、一〇〇円で一ケ月平均二四日間位働き少くとも原告らの主張する二六、〇〇〇円位の給与を得ていたが、未だ独身で右浜野組の飯場で寝起きしており、食費として一日二五〇円ないし三〇〇円位を右給料から差引かれていたことが認められる。そこで右訴外人の純収益は、右平均月収額から一ケ月の生活費を控除した額となるところ、右生活の形態および食費の額からするとその金額は経験則上原告らの主張する一ケ月一三、七七〇円を超えないものとするのが相当であるから、同訴外人の平均純収益は一ケ月一二、二三〇円となる。また右訴外人の平均余命年数および健康状態、ならびに、労働の態様等に照らすと、訴外人は事故当日以後六〇才に達するまでの約二七年間充分就労に堪え得るものと推認されるから、その死亡により毎年末純収入合計一四六、七六〇円宛二七年間の得べかりし利益を喪失したこととなるが、右収益の死亡当時における一時払額をホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して換算すると、その金額は

146,760円×(利率5%、期数27の単利年金現価率、すなわち16.80448369)

の計算によつて求めた金二、四六六、二二六円(円未満切捨)となることが計数上明らかである。しかしながら、前記第二項に認定の事実に徴すると、被害者である訴外山田国光は当時前記丁字路にあつて残土運搬のダンプカーに対する旗ふり等の仕事に従事していたもので、ダンプカーの運行については特に注意を払い、危険を未然に防止すべき立場にあつたものであるから、予め本件ダンプカーの進行してくるのを察知し、前記生垣寄りに身体を寄せるなどしてこれとの接触を避けるような措置に出でるべきであつたものというべきところ、本件事故に遭遇したについては、訴外人において水まき等の道路整備に気をとられて本件ダンプカーの進行してくるのに気付かなかつたか、あるいは退避の仕方が悪かつたかいずれにしても同訴外人の責にも帰すべき事由が原因となつているものと推測せられるので、この点に訴外人の過失を認めるのが相当である。したがつてこれを斟酌すると、亡山田国光が被告らに対して請求し得べき右得べかりし利益の喪失による損害賠償額はその三分の二の一、六四四、一五〇円に止めるのが相当と思料されるから、原告らは右国光の父母を同じくする兄弟としてその六分の一宛(訴外人の相続人が原告らの他に原告らの主張するような母を異にする兄弟六名であることは当事者間に争いがない)に当る二七四、〇二五円宛の各損害賠償請求権を右国光の死亡による相続により取得したものということができる。

五、しからば、被告らは、原告らに対し以上の各金員の損害賠償義務があるところ、原告らが右国光の死亡事故による自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領し、それぞれその相続分に応じ各金八三、三三三円三三銭宛取得していることは原告らの自認するところである(もつとも原告山田一三郎の供述によれば、相続人ら間の実際の分配額は右の割合と異なることが認められるけれども、これは相続人らの話合いによるものであつて相続人としての権利としての分配額は右認定のとおりである)から、これを各原告の損害賠償請求権からそれぞれ控除すると、被告らは、連帯して原告らに対し各金一九〇、六九一円を、右各金員に対する本件不法行為の日である昭和三九年二月一七日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うべき義務があるものというべきである。

よつて、原告らの本訴各請求は、それぞれ右の限度において正当として認容すべく、その余は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例